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山中問答

東京の青梅市よりローカルなブログ
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大悲願寺 (あきる野市)
白萩でよく知られてるあきる野市の大悲願寺(だいひがんじ)と都立小峰公園行く。
白萩は本堂前の庭に多く生えている。
白萩はまだ花をつけているが、見ごろは10日前ごろだったようだ。
伊達政宗がこの寺を訪れ白萩にほれ込み、政宗がこの寺にあてた書簡「白萩文書」があるそうです。
政宗が訪れた「年次は「政宗公実記」により元和9年(1623)と推定される。」と本堂前の案内板に書かれてる。
楼門(仁王門)を入ると観音堂がありますが、観音堂は改修中でテントに覆われているので見ることができない。
なを大悲願寺は真言宗分豊山派。

朱雀門の額
   朱雀門の扁額   大悲願寺(あきる野市横沢) 

朱雀門と白壁の塀   
   朱雀門と白壁の塀   大悲願寺

本堂
   本堂    大悲願寺 

白萩はミヤマハギの変種だそうです。
白萩
   白萩   大悲願寺

楼門(仁王門)
   楼門(仁王門)   大悲願寺

楼門の額と天井絵
   楼門の扁額と天井絵   大悲願寺

楼門の近くにこのような2本杉?が2本ある。
大杉
   大杉   大悲願寺

小峰公園では野草を撮りましたので後日記事にする予定。
 
| rihaku | | 20:46 | comments(4) | trackbacks(0) |
有間ダムと壁画 (飯能市)
有間ダム、名栗湖に行く。
「有間ダム 見学のしおり」を見ると名栗村の上に線が引かれ、上に飯能市のゴム印が押されており、名栗村は飯能市に編入されたようだ。
ダムは多目的ダム(治水と利水の機能をあわせもつ)で種類は「ロックフィルダム」とのこと。
「ロックフィルダム」とは、解説の図を見ると中心にコアとフィルタ?が入っているが、両脇の傾斜の中にはロックが詰まっている図が画かれてある。
両脇の傾斜は30度ぐらいで表面は大きい平らな石がひきつめてある。(下の写真)
立ち入り禁止になっていますが、歩いて水面までいける傾斜である。

有間ダム
    有間ダムから見た名栗湖    飯能市大字下名栗

有間ダム 2
    有間ダム    飯能市大字下名栗

花 センニンソウ(仙人草)  キンポウゲ科
ダムの両脇の傾斜地に生えている。
センニンソウ
    センニンソウ    飯能市大字下名栗

ダム沿いの道路の山側のコンクリートの塀に100メートル以上にわたり絵が画かれている。
同じような傾向の絵だが、多くの人が画いているようだ。
写真を撮っている人がいたので聞くと、この絵は近いうちに消されてしまうので撮っているだとのこと。
消すだけで白くなってしまうのか、それとも別の絵が画かれるのだろうか。
壁絵 2

壁絵 1
    壁画?    飯能市大字下名栗

| rihaku | | 23:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
竹寺  (飯能市)
東日本唯一のものである、お寺とお宮が同居している神仏習合の竹寺。
竹寺本殿は1999年に焼失したが再建(2002)されている。
本殿が焼失する前に見たのですが、本殿脇のスギ?が雷に打たれて高さが約10メートルのとこから折れてしまったので、その折れた木に全面に彫刻されているのを見た。
そのとき誰に聞いたのか忘れたが、東南アジアからの人が彫刻したと言っていた。(国の名を聞いただろうが思い出せない)
本殿の火災で本殿側の彫刻は焼けているが、木の高さはそのまま残っている。
参道をはいると右側に母子像があるが、多分その母子像はそのときに彫られたものだろう。
神仏習合を考えるに、今日の状況を見ると、みな必要に応じてお寺とお宮を適当に使い分けているのだから、仏と神が同居していれば便利だろう。
竹寺は正式には医王山薬寿院八王寺(天台宗)といい、本尊は牛頭天王、本地物は薬師如来とのこと。

廃仏毀釈(仏教廃止運動)について、[岩波仏教辞典]より引用。
「明治以前は全国いたるところで寺院と神社は神仏混合しており、大社においても別当僧が神官を兼ねたり、神体を仏像にしている例が多かった。檀家制度に支えられた寺院は経営が安定しており、神社を支配していることが多かった。幕藩領主もキリシタンの摘発業務である寺受状の作成を寺院僧侶にまかせていたので、日本人全体がいずれかの寺の檀家になることが義務づけられていた。まさに国家仏教といってよい、ところが明治政府は、天皇制国家を形成させるため伊勢神宮を国家の宗廟として、そのもとに国家神道政策をおしすすめ、全国の村鎮守クラス以上の神社から仏教的色彩を一掃するための神仏分離政策を行ったのである。そして国家神道の先兵的役割を果たす村鎮守の神主の身分を僧侶より引き上げる政策をとった。」

母子像
   母子像    飯能市南 (竹寺)

牛頭天王
   牛頭天王   飯能市南 (竹寺)

左上に見える屋根が再建された竹寺本殿
天王山
   牛頭天王社鳥居   飯能市南 (竹寺)   

竹寺の名にふさわしい竹林がある。
竹林
   竹林   飯能市南 (竹寺)
| rihaku | | 22:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
狭山茶の畑
入間市にある埼玉県農林総合研究センター・茶業特産研究所を見学する。
八高線の金子駅から約2kmの金子台にあるある。(入間市上谷ヶ貫)
なお金子台は現在では狭山茶の中心的な産地となっています。
この研究所は約10ヘクタールの敷地で埼玉県の気候に適した茶の開発をしているそうです。
建物にはお茶に関する資料が展示されている、その中に20世紀初頭や敗戦直後のお茶を入れた輸出用の茶袋が展示されています。
しゃれたデザインの茶袋からはどこの国のお茶かは想像がつかない。
お茶が重要な輸出品であった時代があったのだ。
茶畑(茶業特産研究所)
   茶畑(茶業特産研究所)   入間市上谷ヶ貫

茶袋(輸出用)
   茶袋(輸出用)   茶業特産研究所
| rihaku | | 20:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
あきる野市の広徳寺と巨樹
あきる野市小和田の広徳寺に行く。
広い境内の山門と本堂の間にある2本の大銀杏は、根元のほうの幹が細くて不安定に見える。
境内にはほかにも都天然記念物に指定されている、カヤとタラヨウ(多羅葉樹)がある。
広徳寺は臨済宗建長寺派。
総門の掲額
   総門の掲額(あきる禅窟)   広徳寺

広徳寺山門
   山門   広徳寺

植物タラヨウ(多羅葉) 都内では最大のもの、都天然記念物。
 なをインドなどで写経に用いたタラヨウとは全く別種の植物だそうです。
広徳寺タラヨウ
   タラヨウ   広徳寺

植物カヤ  宗泉寺のカヤよりも大きく、多摩地方における最大なもの、都天然記念物。
広徳寺カヤ
   カヤ   広徳寺
| rihaku | | 20:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
青梅大祭を見物
雲ひとつない青空の下、多くの人出で賑わっていた青梅大祭。
青梅大祭は住吉神社の祭礼から起こり、お祭りで山車が曳かれるようになったのは明治初期頃からだそうです。
山車を曳いてるのは子供は少なくて大人が多いが、自動車などには曳かれていません。
青梅大祭 1
   青梅大祭の山車   青梅市 青梅駅前の通り

「山車人形」は明治44年に電線が敷設される前は、山車の最上層に飾られていたとのこと。
今は各人形場に祀られている。
山車
   山車人形   青梅市 旧青梅街道

巨大なペットボトル(風船?)を背負った子供を数多く見かけた。
飲料メーカーの宣伝用の景品なのかと思いましたが文字の一部が違っていました。(サントリーがフントリーになっている)
流行の商品なのだろうか。
青梅大祭 2
   ペットボトル人形?   青梅市 旧青梅街道
| rihaku | | 23:49 | comments(0) | trackbacks(0) |
「チャングムの誓い」を日の出町で見る。
韓国のテレビドラマ「チャングムの誓い」を数回見たのですが、そのなかで寺の場面は確かこのような建物だった記憶があるのですが・・・・・。
極彩色の美しい純韓国風の建物、東光院・妙見宮は東京都西多摩郡日の出町にあります。
妙見宮は東光院の裏山の山頂に建ち、宮の前からあきる野市などの眺めがよい。(なぜ東光院の境内に妙見宮があるのかは、明治時代の神仏混交禁止令の件にさかのぼるようです。)
5月3日妙見宮例大祭には、韓国舞踊が奉納されるそうです。

山の途中には朝鮮半島にはよくあるそうですが天下大将軍、地下女将軍(チャンスン)が建っている。
チャンスン(妙見宮)
   将軍標(チャンスン)   妙見宮

4〜5年前に来たときに妙見宮のベンチに座っていた地元の人に聞いた話では韓国の資材と職人が来て建てられ、壁の絵も画いたのだが下のほうは時間がなくて画けなかったのではないかと話していました。
妙見宮 1
   妙見宮   西多摩郡日の出町平井

前に来たときとあまり変色していないように見えるのですが?
妙見宮 2
   妙見宮裏側の壁画   
| rihaku | | 21:40 | comments(2) | trackbacks(0) |
若山牧水と名栗温泉
    幾山川越えさり行かば寂しさのはてなむ国ぞ今日も旅ゆく
    白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ
などの歌で知られている若山牧水が訪れたことがある埼玉県入間郡名栗村にある温泉名栗温泉を歩く。
入間川から少し入った山沿いに一軒の旅館があり、牧水が名栗温泉を訪れたときに作られた詩の歌碑が旅館の前の川沿いにある。
    もろもろと岩つたふ水に
          這いあそぶ
      赤き蟹ゐて杉の山静か
以前ここに来たとき、雨の後だったのか道がぬれていたと記憶しているのだがだが、何匹かの蟹が道路を横切っているのに出会ったことがある。
牧水が見たのと同じ蟹かは分からないが今でも蟹はいる。
入間川の近くの畑の段差でフキを見る。
若山牧水の歌碑
   若山牧水の歌碑   入間郡名栗村
フキ
   フキ(蕗)   名栗村   
| rihaku | | 21:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
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